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絵画 いわさきちひろ 緑の風のなかで 額 児童画 色紙 送料無料

古都-京都 掛け軸専門店 文永堂

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絵画 いわさきちひろ 緑の風のなかで 額 児童画 色紙 送料無料

■商品詳細 作品名:いわさきちひろ色紙 緑の風のなかで 額付き 作家名:いわさきちひろ ■作家履歴 1918年 - 12月15日、陸軍築城本部の建築技師である岩崎正勝と、女学校の教師である 文江との間に、母の単身赴任先福井県武生市で長女として生まれる。 1919年 - 東京都に移る。 1933年 - 岡田三郎助に師事し、デッサン・油絵を習う。 1937年 - 小田周平に師事し、藤原行成流の書を習う。 1939年 - 4月、婿養子を迎え結婚。6月、夫の勤務地である満州・大連に渡る。 1940年 - 2月、夫の自殺により帰国。 1942年 - 中谷泰に師事し、再び油絵を描き始める。 1944年 - 4月、女子義勇隊に同行して満州・勃利に渡る。夏、戦況悪化のため帰国。 1945年 - 5月、空襲で家を焼かれ、母の実家長野県松本市に疎開。終戦を迎える。 1946年 - 疎開先の松本で日本共産党に入党。同年上京して人民新聞社の記者となる。 日本共産党宣伝部・芸術学校に入り丸木俊に師事する。 1949年 - 松本善明と知り合う。紙芝居『お母さんの話』を描き、翌年文部大臣賞を受賞する。 1950年 - 1月、松本善明と結婚。 1951年 - 4月、長男・猛誕生。 1952年 - 東京都練馬区下石神井に家を建てる(後のちひろ美術館・東京)。 1974年 - 8月8日、肝臓癌のため死去。享年55。 1977年 - 9月、自宅跡地にいわさきちひろ絵本美術館(後のちひろ美術館・東京)開館。 1997年 - 4月、長野県安曇郡松川村に安曇野ちひろ美術館開館。 ★ 受賞歴 1950年 - 文部大臣賞(紙芝居『お母さんの話』) 1956年 - 小学館児童文化賞 1959年 - 厚生大臣賞(紙芝居『お月さまいくつ』) 1961年 -...

いわさきちひろ『やぎと男の子』オフセットによる複製

アート静美洞

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いわさきちひろ『やぎと男の子』オフセットによる複製

商品の詳細 作品名 やぎと男の子 作家名 いわさきちひろ 技法 オフセットによる複製 額寸 56×44cm 絵寸 37×25cm 新品 額付 ◆いわさき ちひろ(Chihiro Iwasaki)◆1918 12月15日、福井県武生市に生まれ。翌年、東京に移る。 本名、松本知弘(旧姓、岩崎)。1933 岡田三郎助に師事、デッサン・油絵の勉強をはじめる。1936 朱葉会女子洋画展に入選。 1937 小田周洋に師事、藤原行成流の書を習いはじめる。1942 中谷泰に師事、再び油絵を描きはじめる。1946 日本共産党に入党、人民新聞の記者となる。 日本共産党宣伝部・芸術学校に入る。赤松俊子(丸木俊)に師事。1948 新聞のカット・挿絵、絵雑誌、教科書の仕事の多く手掛ける。 1949 紙芝居「お母さんの話」を出版し、翌年、文部大臣賞を受賞。1956 小学館児童文化賞を受賞。1960 「あいうえおのほん」を描き、翌年、サンケイ児童出版文化賞を受賞。1964 安泰、遠藤てるよ、久米宏一、滝平二郎、東本つね、箕田源二郎らと「童画ぐるーぷ車」を結成。1971 「ことりのくるひ」を描き、73年、ボローニャ国際児童図書展グラフィック賞を受賞。 1974 8月8日、肝臓ガンのため逝去、享年55歳。 没後、『戦火のなかの子どもたち』で、ライプツィヒ国際書籍展銅賞を受賞する。 三人姉妹の長女として生まれ、子どもをテーマにたくさんの作品を残す。明るく淡い透明な水彩画で、赤ちゃんや子どもたちの、色々な表情を生き生きと描き続けた。子供の発達段階を、数ヵ月の単位で、描き分けることができる観察力と表現力を有していました。たっぷりと水分を含ませて描く、透明感のある独特の画風が印象的な作品です。 他の◆いわさきちひろ◆作品を検索

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